その日、隆景に紹介されたのは、6歳年上の金髪の男だった。父元就の経営する銀行で専務職に就いていたのだが、町工場で働きたいと辞表を出してきたらしい。そこで経理の人間を探していた隆景に白羽の矢が立ったのだ。 小さな町工場、小早川モータース。それが隆景が社長を務める自動車修理工場だが、今の所従業員はもうじき16歳になる弟の秀包だけだ。面倒事が嫌いな隆景は趣味で働いていると言っても過言ではない。それで一番面倒な経理を任せられる人間を欲していたのだ。隆景にしても降って湧いたような話で、父の信頼も厚い男と聞いて採用に関しては即決だった。 「隆景、宗勝だ」 「初めまして、乃美宗勝と申します」 「はじめまして、えーと、俺は毛利隆景。一応ここの社長をやってるよ」 一度握手をしようとして手を出したが油で汚れている事に気付き、手をツナギでゴシゴシと拭い改めて手を差し出す。それでも隆景の手は汚れていたが、宗勝は喜んでその手を取った。背は隆景の方が高いようだった。パッと見た感じの印象はそれほど真面目そうではあるが、目立つ金髪がその印象を軽いものにしていた。だから専務にまで上り詰めた宗勝の辞表を、元就はあっさり受け取ったのだろうか、とも思った。しかしここは小さな町工場。綺麗な金髪もすぐにくすんでしまうだろうと隆景は思った。それにしても今まで大銀行に務めていたのにも関わらず、機械油で汚れた隆景と何の躊躇いもなく握手を交わすとは、なかなか使い物になるかもしれない。下手なエリート意識を持たれるよりもずっと楽だ。隆景の宗勝に対する第一印象はとても好感が持てるものだった。 「よろしくお願いします、社長」 「な、何か照れるな。よろしく、乃美君」 「仕事の覚えは早い筈だ。現場で使い物になるかはわかんねぇけどな」 軍手のまま鼻の頭を軽く掻くと、馴染んだ油の臭いが鼻を突く。元就は宗勝に一目置いているだけあって、評価は高いようだ。 矢張りデスクワークに慣れた宗勝に取って車の修理工場は珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回している。ふ、と宗勝の目が工場の隅で鉄クズを重ねて遊んでいる少年に目を遣った。 「あの少年は?」 「あぁ、包ちんね。あの子は秀包って言って俺の弟。まだ15歳なんだけどどうしても働きたいって夜間の高校に行きながら、ここで働いてるんだよ」 小さな工場だから宗勝の存在には気付いている筈なのだが、こちらを向こうとはしない。興味がないのか、単に鉄クズ積みが楽しいのか。宗勝は目の前の新しい上司にも、工場の隅で鉄クズ積みをしている秀包にも興味を示した。 「そうですか、弟さんと言うことは毛利姓ですか?」 「うん、好きに呼んであげて。でもかなり年下だけど一応ここじゃ先輩だからさ。ちなみに今はサボってるんじゃなくて休憩中だから。最近は鉄クズ積みにハマってるみたい」 二人で秀包の方を向くが、秀包は夢中になって鉄クズを積み上げている。口元には笑みを浮かべてはいるが、真剣な表情で鉄クズを選んでいる。矢張り宗勝の存在に気付いていないのだろう。宗勝は胸を撫で下ろした。嫌われた訳ではなさそうだ、と。 「挨拶に行ってきます」 「しっかりやれよ、宗勝。達者でな」 元就は小さな町には不釣合な、如何にも怪しげな黒塗りの車に乗り込むと、エンジンを吹かし、去って行った。 宗勝を入れてもたった3人と言う小さな人間関係の中で、失敗する訳にはいかない。宗勝は気合いを入れて真新しいツナギのジッパーをキッチりと喉元まで上げた。 「うん、仲良くやってね。好物はオレンジジュースだから、物で釣るのもアリかも」 笑いながら言う隆景に、宗勝は密かに心焦がれた。一目惚れだった。 戻る |