媚態
「義隆さま…」
 隆元が義隆を名前で呼ぶ夜は、決まって他の小姓たちを振り切って艶めかしく誘う時だ。15歳とは思えない媚態で義隆を巧みに誘う。
 夜着を肩に掛けたまま、裾をたくし上げて白い足を小袖から覗かせた。ずるずると引き摺る夜着に施された煌びやかな刺繍も、隆元の足には眩んでしまうほどだ。いつもの事だと言うのに、義隆は軽い目眩を覚える。
「隆元、おいで」
「義隆様、昨晩は陶殿とお愉しみのようでしたね」
 布団の上に胡坐をかき、軽く自分の太腿を叩く。隆元は吸い寄せられるように義隆の右太腿を跨いで座り、軽く上を向くと義隆の目の前に真っ白な喉元を晒した。もしこれが動物だったのならば、差し詰め服従のポーズと言ったところだろうか。とにかく義隆はその喉笛に噛み付くように口付ける。
 足を跨いで座っている所為で、隆元の股ぐらからちらりと白い褌が覗く。それは暗がりでも分かるほどにしっとりと濡れ、窮屈な中で勃起しているのが分かった。
「妬いているのか?」
 隆元は無言で首を振ると、さも自分の方が優勢だと言わんばかりに言った。
「お慕い申し上げます。身分違いの恋と嘲笑うでしょう」
 このところ隆房よりも隆元の方が褥に呼ぶ回数が増えていた。17歳の隆房に魅力を感じなかったわけではない。この隆元と名付けた少年が、あまりにも。
「身分などよい。隆元、私を存分に慕うが良――」
 義隆の言葉を遮るように上から隆元が口付ける。こなれた様子で義隆が隆元の夜着と小袖を脱がせた。隆元は何も言わずに口付けたまま、義隆の口腔に舌を差し入れた。両肩に縋っているため、脱がせ切れずに腕に纏わり付いたままの小袖が却っていやらしい。
義隆の舌を吸い上げ、絡め取る。この1年ちょっとですっかり慣れた口付けが、義隆を煽る。頬を赤らめ、うっとりとした扇情的な隆元の表情に義隆は素直に欲情した。まだ少年とは思えない仕草は、全て義隆が教え、仕込んだもの。
 よくぞここまで育ったものよ。
 義隆はほくそ笑んだ。
「ん…ふ…義隆、さま…」
 淫猥な音を立てて隆元は義隆の唾液を啜る。その音は二人の耳に痛いほど響き、舌を吸われている義隆にも興奮の兆しが表れ始めた。性急に隆元が自らの褌を取り去る。片手は義隆の肩に乗せたまま、もう片方の手は勃起した陰茎から先走りを指に絡め肛門に伸ばす。
 全てが口付けたままの流れだった。軽く腰を浮かし、肛門を解す。いつでも義隆を受け入れられるようにだ。義隆も隆元の尻に手を伸ばすと、一緒に肛門を解した。
「あぁ、あンっ」
 義隆の指が二本、隆元の指が一本、尻の中を掻き回す。それと同時に義隆は隆元の陰茎を握った。甘い嬌声が義隆の耳を突く。声変わりし掛けのまだ高い声が一際高くなり、まるで女子のようだと思った。しかし隆元の少し掠れた喘ぎは女のものとは全く異なる。自尊心の高い隆房達と違い、自ら身体を開き、あられもない姿を晒す隆元は新鮮だった。それ故に他の小姓を退けて人質として山口へやってきた隆元に溺れた。隆房や隆豊達のように恥じらう姿を愛らしいと思っていた。それに最初も隆元も小袖を脱ぐだけで恥じらった。だが、淫らな姿を惜しげもなく見せ始めるようになると、義隆の隆元を見る目は豹変した。
「ここが良いのか?」
「ぅン!そ、そこ…っ」
 思わず背を丸める隆元の唇を下から捉え、今度は義隆から口付ける。
日を重ねるごとに淫らさを増してゆく媚態。隆元が肛門から指を抜き、義隆の腰に手を伸ばす。腰帯を解き、寛げられた袷を開き、褌を脱がせようとしてくる。義隆は腰を浮かせてそれに応えた。羽衣のように小袖を腕に引っ掛けたままの隆元は美しく、淫猥で、それでいて可愛らしい。父親も端正な顔立ちをしていたが、隆元はどちらかと言えば中性的な顔立ちをしている。赤く染まった頬も義隆を興奮させるばかりで、誘っているかのような雰囲気を醸し出していた。
 実際誘っているのかもしれない。義隆が抵抗しないでいると、隆元は義隆を押し倒し、その陰茎に跨り肛門に宛がうと、自ら快楽を求めてゆっくり身体を沈めていった。
「ふぅ…あ、」
 ぺたりと座り込み、義隆の陰茎が隆元の奥を突く。隆元は目には薄らと涙を浮かべ、まだ発達し切っていない身体には少々大きすぎる陰茎を体内に咥え込んだまま、上下に身体を動かし始めた。倒れないように腰に手を添えてやると、隆元はその手に縋るように義隆の前腕を掴み、激しく腰を振る。
「隆元…っ」
「あっはぁ!義隆さま…!」
 どんな感情から来る汗なのか、隆元の額に浮かんだ汗が頬を伝い落ち、顎から義隆の胸に滴り落ちる。単に激しく動いたからかもしれない。しかし、脂汗ともとれるその汗は義隆の胸に何滴も落ち、また義隆の胸から流れるとはだけた小袖の衿を濡らした。
「あっ!」
 隆元の動きに義隆の陰茎がビクンと震え、一層体積を増す。体内で膨らんだ陰茎に隆元が蹲った。動きを止めた隆元を煽るかのように義隆が下から突き上げる。
「どうした?降参か?」
 そういう義隆も余裕なさげで、隆元と同じく額には汗を浮かべていた。それもそうだろう。幾ら元服したとは言え、まだ子供と言っても過言ではない身体を犯しているのだから。
 ぎゅうぎゅうと陰茎を締め付ける肛門は、ほんの少しだけ切れ、血を滲ませている。それが潤滑油の役割を果たし、隆元の動きを滑らかにする。痛みより快感が勝っているのか、隆元は傷を気にした様子はなく、膨張した陰茎を全身で扱く。
「い、イきそう…です…っ」
「私もだ」
 後ろの刺激だけで達しそうになっている隆元の陰茎を掴むと、既にそこは張り詰めていて、止め処なく先走りを溢していた。荒い呼吸を繰り返す隆元は、陰茎を掴まれると軽く扱かれただけで声にならない嬌声を上げ、あっさりと達してしまった。
「――――っ!!」
「隆元…っ!」
 それを追うように、更にきつく締め付けられた義隆が隆元の奥を穿ち、体内に精を放つ。達する時に名を呼ぶのは情事に付き物の儀式のようなものだ。隆元がそれを出来なかったのは、何故だろう。射精後の倦怠感に身を任せながらぼんやりと思っていると、隆元がまだ義隆を体内に受け入れたまま、くたりと身体を広い胸に預けてきた。
「疲れたか?」
 自分が疲れているにも関わらず、義隆は優しい言葉を吐く。それはどの小姓にも同じようにしている事だ。だから隆元はそれを酷く嫌う。
「…少し」
「お前から誘ってきたのにつれないな」
「疲れたんです」
 普段の物腰の柔らかな隆元からは想像がつかないほど棘のある言い草に、義隆はその棘の裏にある感情を探る。幾ら賢いとはいえ、まだ五つになったばかりの弟の徳寿丸には敵わないと聞くし――徳寿丸がずば抜けて賢いのだろうが――体力も次男の次郎に敵わないらしい。不憫な身の上を思うと、ゾクリと身体に痺れが走り、下肢が疼く。肩口に頭を預けた隆元を優しく撫でる。しかし、隆元はギュッと目を閉じると、肛門に力を入れ義隆を締め付けた。
「疲れたのではなかったか?」
「義隆さまの精が欲しいのです…」
 細く柔らかい髪が義隆の頬を擽る。再び隆元が義隆の肩に手を突っ張り、身体を起こす。義隆の下肢の疼きは確かな興奮となって、隆元に襲いかかった。
「う…」
 この妖艶な媚態が隆元の処世術なのかもしれない。義隆は再び冴え始めた頭で分析する。隆元と情を交わす時は快感と征服欲に支配されながらも、何処か冷静な自分がいると気付いた。恐らく隆元も一緒だろう。激しい快感に飲まれながらも、それを客観視するもう一人の自分。快楽に溺れる自分を諌める冷静な面は、隆元を苛むだろう。
 隆元の体内で、義隆の陰茎が勃起する。肛門のぬめりが乾ききる前に隆元が動き出す。今度は義隆の吐き出した精液が隆元を楽にした。
 隆元が素直に快感に興じる。小さいながら嬌声を上げ、勢いを付けて腰を上下に振ると、結合部から精液が溢れ出し、ぐちゅぐちゅと卑猥な音色を奏でた。
「あ、あ、義隆さま…っ」
 義隆も下から腰を突き上げる。隆元が喉を反らすと、最初に付けた痕が目に入った。3日程で消える、所有の証。隆元もそれを望んでいる。
 上体を起こし隆元の背を抱くと、隆元が義隆の背に腕を回し縋ってきた。動くのをやめ、ギュっと抱き着かれるのは嫌いではない。義隆は結合部に触れると、細長い指を使い更に隆元の肛門を広げようとする。痛みに顔を顰める隆元を後目に、義隆は指をねじ込み、隆元の自らの陰茎をなぞったり隆元の腸壁を撫でた。
「痛い…です…」
 背に縋る腕に力が込められる。余程痛いのか、肩口に埋められた顔からじんわりと涙が染み出すのが感じられた。指を二本に増やすと、隆元は器用に腰だけを振り義隆の指を抜き、陰茎だけをじっくりと味わう。
そしてゆっくり体内から引き抜くと、義隆の前に跪き、勃起した陰茎を頬張った。ほんの数瞬前まで自分の肛門に入っていた陰茎を舐めるのはどんな気分だろう。他の小姓たちは絶対にやらない行為だ。義隆の精液と己の腸液に塗れた雄を丁寧にしゃぶる。喉の奥まで陰茎を咥え込み、頬の内側で幹を刺激する。最初は噎せたが、今では何なくこなして見せる隆元を、義隆は愛しくも恐ろしくも思う。情に溺れた隆元は誰よりも義隆を求め、毎夜己を慰める。肛門を使った自慰も覚えた。
 ちらりと隆元の陰茎を覗くと、僅かに勃起している。自分を犯していた陰茎を舐めながら興奮するなど、天性の淫乱なのではないかとすら思う。それは隆元も一緒だ。何も知らなかった自分に性の快楽を教えた義隆を想い、自分を慰める夜を過ごした日々もあった。そんな時に義隆に呼ばれている隆房の事を考えると、僅かな嫉妬が芽生えた。
 今でこそ隆房よりも褥に呼ばれる回数は多いものの、義隆が抱える大勢の小姓と同じ扱いをされることが最初は屈辱的だった。確かに隆元は人質としてこの山口にやってきた。
 それなのに、人質とは思えぬほどの待遇を受け、ちゃんとした生活を送ってきた。それが今やこの有様である。小姓たちと立場を比べるつもりはないが、自分が特別な存在になれないことに、隆元は憤りを感じている。それでもこうして褥に呼ばれれば快感に溺れ、後始末と称して自分を犯した陰茎を舌で清める。
「イくぞ…」
 静かに呻く声が頭上から降った直後、隆元の口の中に苦みが広がった。それを飲み干すと最後の一滴まで、とチュウッと吸い上げる。下に絡む精液の感覚には未だ慣れる事はない。しかし、喉に纏わり付く不快感には慣れた。
「義隆さま」
 隆元が身体を起こすと、義隆が口元に唇を寄せてきた。そのまま唾液に濡れた隆元の唇に舌を這わせ、軽く吸う。そのまま口付けをするのかと思ったのだが、義隆は隆元の口元を舐めるとすぐに離れて行ってしまった。
「今宵も悦かったぞ、隆元」
「ありがとうございます」
 はしたない格好のまま頭を下げる。口付けを期待した隆元だったが、自分の出した精液を飲んだ口腔に舌を入れたくはないだろうと思った。しかし何故気を持たせるような事をしたのか。隆元に残った小さな疑問を余所に、義隆が自分の唇をぺろりと舐める。
「やはり苦いな」
「も、申し訳ありません…」
 慌てて小袖を正し、袖で自分の口元を拭う。
「よいよい、そなたの積極的なところは嫌いではない」
 隆元の頬がカッと赤くなる。義隆は、今夜のように遊女のように誘ってきたかと思うと、淑女のような面も持ち合わせている隆元が好きだった。勢いとはいえ、自分の精液を舐めてしまったのは不本意だが、隆元が一度口に含んだものなら良いか、などという考えまで浮かんでくる。
「さぁ、後処理をして早く寝よう」
 義隆は隆元の尻の穴に指を伸ばした。畏れ多い、と隆元が身体を強張らせる。まだ夜は終わりそうにない。



戻る