恋慕
 元服を無事終え、『隆元』と名を改めた太郎は、その日の晩に義隆に褥へと呼ばれた。戦の多かった吉田郡山とは違い、平和な大内館では襦袢に着替える事が多く、今夜も白い襦袢姿で義隆の寝所へ向かった。山口へ来てから半年、隆元は5回だけ義隆に抱かれた。だから今夜、義隆が何をしたいのかも容易に想像が出来る。
 その5回の間に己の義隆への恋慕の情を確信した隆元は、軽い足取りで義隆の寝所へ向かった。義隆の抑えに抑えた本性が爆発するとも知らずに。

「義隆様、た、隆元、です…」
 部屋の前で、初めて元服してからの名を名乗った。暫しの間を空けて、思い出したかのように義隆の声が聞こえた。
「おお、隆元か。早う入れ」
「失礼致します」
 最後に抱かれたのは1月前。疼く身体を己で抱き締め、義隆の節くれだった指を想像しながら陰茎を一心不乱に扱いた。しかし、武器もロクに握った事のない隆元の指はあまりにも滑らか過ぎて、物足りなさに溜息を吐いた。それが今夜報われる。期待に隆元が室内へ入ると、義隆の枕元には陰茎を象った見慣れない木の張り型が置いてあった。それはそこそこに大きく、義隆のモノよりは少し小さいと言った具合だろうか。隆元の胸に嫌な予感が過る。だが、その嫌な予感は、最悪の形で現実のものとなるのだった。
 義隆の前に腰を下ろす。
「隆元、これを使って己を慰めてみよ」
「え…?」
 義隆の言葉に耳を疑う。義隆は隆元を押し倒し、襦袢を捲り上げると、枕元の張り型に香油をたっぷりと付け、滴るほどに纏わせると、まだ慣らしてもいない隆元の肛門に張り型を押し込んだ。
「あ、あああ、あ!!!!」
 あまりの痛みに隆元が悲鳴を上げると、義隆は同じく枕元に置いてあった手拭いを隆元の口に押し込み、その悲鳴すら封じた。
 今日の今日まで義隆を御慕ってきた隆元に対して、あんまりな仕打ちだ。
「ほれ、自分で動かして私を愉しませておくれ」
「うう、むぅ…」
 悲鳴を上げてしまいそうだったから、手拭いを突っ込んだまま、震える手で張り型を掴んだ。ゆっくりと根元まで押し込むと、指にぬるりとしたものが当たった。それが血だと気付くには、隆元はあまりに無知だった。手拭いを噛み締めながら張り型を出し入れする。快感などこれっぽちもない。あるのはただただ激痛だけ。深い所から抜く事が出来ずに、少しだけ出し入れをしていると、焦れた義隆が身を乗り出してきた。隆元がびくりと震える。
「そう怯えるでない、その内悦くなる」
 そう言うと隆元の手の上から張り型を握り込み、大きく出し入れすると、隆元の全身に力が入り、義隆の動きを阻んだ。声にならない悲鳴が悲痛に響き渡る。中途半端に口内に空洞が出来ている所為で、完全に声を遮断できないのだ。痛みのあまり鼻だけでの呼吸が辛くなり、僅かな隙間から必死で酸素を取り入れようと、ひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返す。そんな隆元を見て、義隆は無情にも笑った。嗜虐的趣向でもあるのだろう。
 陶殿は普段どのように抱かれているのだろう。あの時の優しい義隆さまは何処へ消えてしまったのだろう。
答えの出ない疑問ばかりが脳裏を駆け巡る。しかしそれだけ余裕が出来てきたと言うことなのだろうか。はたまた激痛に身体が麻痺してしまったのか。
「そろそろ自分でも動かせるだろう?」
 こくこくと頷くと、義隆の手が離れていったのを確認し、意を決してゆっくりと大きく出し入れを始める。
「う、むぅ…っ」
 痛みに背を丸め、誤魔化そうと両足を大きく開いた。しかし息苦しさに喉を反らせる。そしてまた痛みに背を丸める。そんな事を繰り返している内に、隆元の陰茎は首を擡げ、若干ではあるが、快感の兆しを見せ始めていた。香油の力もあってか、傷口もやんわりとだが癒され、油を擦り込まれる事により動きも滑らかになっていった。それを見た義隆が、隆元の口の手拭いを外す。
「ぷはっ!」
「初めてにしてはなかなかの出来だぞ、隆元」
「あ、ありがたき、幸せ、に、存じます…っ」
 どんな時でも礼儀を忘れてはならないと、父元就に散々言われてきた隆元は、張り型を咥え込んでも尚、義隆に平伏した。流石に起き上がって礼をすることは出来なかったが、足を少し閉じ、涙に滲んだ眼を義隆に向け、軽く伏せた。
「よいよい、それに足は開いていた方が面白い」
 言うと義隆は隆元の両膝に手を置き、大きく開かせた。はしたなく勃起した陰茎も、張り型との結合部も全てが丸見えで、羞恥に頬を染めるどころではないくらい顔を赤くした隆元の目から、涙が一滴零れる。
「泣き顔もそそるぞ」
 義隆が隆元に圧し掛かり、口付ける。あの時に見た隆房との口付けのように、舌が差し込まれる。未知の快感に隆元は酔い痴れた。深い口付けがこんなにも気持ちの良いものだったとは。それと同時に、隆房に僅かな嫉妬を覚える。いつもこんな風に義隆の寵愛を受けていただなんて。
 隆元の右手は自然と動き、張り型を何度も体内に押し込んだ。義隆の手が隆元の陰茎に掛かる。
「あっ」
 鈴口に爪を立てられ、隆元が嬌声を上げる。日頃の自慰で高められた性感は、こんなところで義隆の目に触れることとなった。
「まだ数回だと言うのに随分敏感だな、一人でしていたのか?」
 少し落ち着いてきていた隆元の顔が、カッと赤くなる。そんなことはない。そう言えば済む筈なのに。
「………はい」
 隆元は頷いた。義隆は満足そうに微笑むと、今度は張り型と陰茎を同時に握り、違う律動を以てして動かしてくる。未だかつてない快感の波に、隆元は飲まれた。
「ん、あぁ!あ、んぁ!あぁあ!!」
 強い快楽の中で隆元はあっさり達すると、義隆の顔目掛けて精を放った。義隆が隆元の絶頂を察知して、寸での所で避けたが、それでも肩口に精液が付着している。
「も、申し訳ありませ――――」
 起き上がり、平伏しようとするのを義隆が口付けで止めた。そしてまた深く口付けられる。口腔を舐め回され、歯列をなぞられ、隆元は必死で呼吸をした。小慣れた様子の義隆は、鼻で息をしつつ、顔の角度を変える時、器用に口でも息をしていた。義隆の呼吸の度に息がかかるので、隆元も何とか真似ようと試みるが、そう上手くはいかず、却って呼吸し辛くなってしまうだけだった。
 息苦しさと快感で意識が朦朧としてきた頃、隆元は漸く解放され、肩で大きく息をした。そして張り型が抜かれる。ずるり、と張り型が引き抜かれる感触は、まるで内臓ごと引き摺りだされているような錯覚に陥らせる。
「ぅ…」
 義隆が襦袢を脱ぐと、そこには触れてもいないのに隆元の媚態で勃起した陰茎があった。やはり大きい。隆元はそう思ったが、成人男性の一般的な大きさだろう。赤く腫れ上がった肛門に、義隆の陰茎が宛がわれる。隆元が次に襲い来る感覚に息を止めたが、義隆にやんわりと諌められた。
「隆元、息を止めていてはいけない。ゆっくりシてあげるから、ゆっくり息をしてごらん」
「は、はい」
 隆元は一度目を閉じ、大きく深呼吸をすると義隆の挿入に備えた。義隆が、やはり満足そうに微笑むと、ゆっくりと腰を押し進めた。張り型よりも大きいが、無理矢理慣らされた時よりも苦痛は圧倒的に少ない。何よりも、昔のように優しく抱いてくれる事に、隆元は喜びを感じた。
「よ、義隆さまぁ…っ」
 甘えて縋るような声を上げれば、義隆は隆元の前立腺を探り当てそこを重点的に責めた。
「あ、ソコ…っ、ダメ、です…っ」
「嘘を吐け、ぎゅうぎゅうと締め付けてくるぞ」
 ダメ、と言った箇所ばかりを突き上げると、一際甲高い悲鳴を上げて隆元は達した。正確な回数は覚えていないが、この半年で隆元を抱いたのはひと月に一度くらいの間隔の筈だ。それなのに、もう後ろだけで達してしまうとは、隆元は天性の淫乱なのではないかと言う期待が義隆の胸を過る。これからが楽しみだ。そう思いながら、余裕なさげに「イくぞ」と囁くと、今度は隆元の良い所ではなく、一番深い所へ吐精した。


「どうだ、私の本性を垣間見た感想は」
 恐らくは最初に捻じ込んだ張り型の事を言っているのだろう。隆元は、正直に恐怖を覚えたと言うべきか悩んだ。しかし。
「それでも私は義隆さまをお慕いしております」
「ふふふ、そなたは隆房と違って被虐的な趣向がありそうだな」
「そ、そのような…」
 隆元の口を吐いて出たのは、驚くほど甘い言葉。隆房と比べられた事には胸が痛んだが、隆房よりも具合が良いと言われているようで、ほんの少しの優越感に浸れた。照れて赤くなる隆元に、義隆は口付けた。そして、また舌が差し込まれる。今度は隆元からも舌を絡め、義隆の肩にそっと手を置いた。強く抱き締められる。隆元は歓喜の涙を流した。
 その後、義隆は切れた隆元の肛門に軟膏を塗ってくれ、身体の奥深くに吐き出した精液も掻き出してくれた。この優しさが、隆元を捕えて離さないのだ。どんなに酷くされても、「そなたは可愛い」と褒めそやし、傷口を手当てしてくれる。これが義隆のやり口なのだろうと、頭では分かりかけていたが、理解することは心が拒否していた。
「義隆さま」
 今夜は一緒に寝よう、と言う義隆の正面に正座をして向き直る。
「なんだ、改まって」
 頭を深く下げる。それでもはっきりと声が、心が義隆に届くように腹の底から、だが静かに声を発した。
「お慕い申し上げます」



戻る