貴方の為ならば、この老体に鞭打ってでも、何処へでも参りましょう。 そう決意したはずだった。しかし、無情な事に、宗勝の身体は風土病に蝕まれてしまった。なんと無念な事か。 「乃美君、先に日本へ帰って待ってて」 59歳にしてなお、屈託なく笑う隆景の笑顔は、小早川家に来た頃の面影を残している。 歳を取るとどうにも感傷深くなって困る。申し訳なさそうに宗勝が笑みを返すと、隆景も心配そうに宗勝の手を取った。 「きっと治るから。大丈夫」 「隆景様…申し訳ありません……」 何処までも付いて行くと誓ったのに。 宗勝は己の不甲斐無さに涙した。そして後ろ髪を引かれる思いで朝鮮を後にしたのであった。 『待ってて』 しかし宗勝の病は良くなる気配はない。 「隆景、様…申し訳…ありま、せん…」 静かに閉じた瞼から涙が一筋。だけど貴方には届かない。今頃何処で戦っているのだろう。自分のように身体を壊してはいないだろうか。心配ばかりが募る。一緒に戦っているであろう武吉に隆景の事は任せてきたものの、矢張り隆景が自分の目に見えないところで命を張って戦っていることを思うと、心配で胸が張り裂けそうだった。 死んでも死にきれないとは当にこのことだろう。 無念の内に宗勝は65年の生涯を閉じた。 「隆景様」 『……乃美、君?』 「参りましょう、65年間、お疲れさまでした」 隆景が死ぬ時は必ず迎えに行くと心に決めていた。隆景の『待ってて』という約束を守れなかった今、宗勝に出来るのはこのくらいしかないと思っていたのだ。 「怖いですか?死ぬのが」 隆景は柔らかく微笑んだ。 『怖くないよ、乃美君が迎えに来てくれたから』 宗勝が差し出した手を隆景が取る。 「参りますよ」 『うん』 一番輝いていた、一番愛し合っていたあの頃の姿で二人は抱き合った。優しく口付け合い、額を合わせる。 お慕い申し上げます、隆景様。 戻る |