「元就ー!!」 バタバタと足音を立てて幸が門まで走って来る。元就の帰還の知らせを聞き、一秒でも早く会いたい一心でのことだろう。右手で裾を捲り上げ、間着まで見えてしまうのではないかと言う勢いだった。 「幸!」 当世具足姿のまま元就が馬から飛び降り幸に抱き着く。硬い胸当ての上からでも幸の豊満な乳房の部分には他の所以上の圧迫感を感じた。喜び勇んで口付けようとしたその瞬間、幸の背後から鋭い声が飛んできた。 「幸殿!何事ですか、はしたない!!」 「御方様…何の事ですか?」 初老と呼ぶにはまだ早い女性が幸を怒鳴りつける。幸とは対照的に、慌てて出てきた様子はなく、腕には3歳くらいの少年を抱いていた。対し、幸は元就の首に腕を回しながら首だけ振り返ってきょとんと首を傾げた。 「いい歳をした女子がその様に裾を捲り上げて走り回るなどと…」 キッと眉を吊り上げ杉の方は続ける。 「大殿も奥方に会われて嬉しい気持ちはお察し致しますが、家臣の前では自重なされませ!」 そしてその怒りは元就にも飛び火する。参った…と言う顔をして、元就が渋々幸の腕を剥がす。杉の方はまだ元就が松寿丸と呼ばれていた頃から元就に付き従っていた女性だ。流石の元就も杉の方には未だに頭が上がらない。 「とにかく、幸殿には礼儀作法を一から学びなおしていただかなくては!」 思わず声を荒げた杉の方に、抱いていた子供がぐずり出す。 「太郎!」 幸が慌てて杉の方から子供を引っ手繰ると、さっきまで元就にじゃれ付いていたのとは別人のように子供をあやし始める。少年の名は少輔太郎。元就と幸の嫡男だ。 「私がはしゃぐから御方様に怒鳴られちゃったわね、ゴメンね」 「幸殿!」 「御方、俺の顔に免じて今日は許してやってくれ」 「大殿…」 泣き出した太郎と、困った様な笑みを浮かべる元就に、杉の方は根負けしたのか小さくため息を吐き、軽く頭を下げるとスッスッと静かに屋敷へと戻って行った。 「やれやれ…御方の機嫌はどうして直したモンかな」 その怒気を孕んだ後ろ姿に、元就は盛大に溜息を吐いた。 「もっと打掛は正して召しませ!」 翌日から幸の部屋から頻繁に杉の方の怒声が聞こえるようになった。流石にもう嫡男を儲けているからか、夜伽の事にまで口を出すことはなかったが、幸の一挙手一投足に一々文句やケチを付けては叱った。 幸は器用な女だったから箸の持ち方も丁寧だった筈なのに、たまたま干した魚の骨の取り方がヘタクソだっただけで「間違っている、お直しなされ」と叱咤するのだ。杉の方は幸の歩き方、茶の作法、書の嗜み、着物の着方、言葉遣いに至るまで、在りとあらゆることを躾け直した。 そして元就が一カ月に亘る戦を終えて屋敷へ帰った時、幸は目を見張るほどに“女性”として躾け直されていた。いつもなら門口まで出てきて飛び付いてくる筈なのに今日はどうしたことか、門をくぐっても出てくる様子はない。体調でも崩しているのかと心配になり、先に出てきていた杉の方に聞く。 「御方、幸はどうした?」 「大殿のお帰りを屋敷でお待ちですよ」 杉の方は太郎を抱き、ニコニコと笑みを浮かべながら訝しがる元就の後を追った。 屋敷に戻ると、玄関口に幸がいた。正座をし、三つ指を付いて深々と頭を下げてから、静かな声色で言った。 「おかえりなさいませ、旦那様」 「お、おう…今帰った」 幸の変貌に戸惑う元就とは対照的に、杉の方は相変わらず嬉しそうに笑みを浮かべ、幸の完璧とも言える挨拶にうんうんと何度も頷いた。それを見た太郎も幸の真似をして、 「おかえりなしゃいましぇ」 なんてたどたどしい口調で言うものだから元就はどうしていいのか分からなくなってしまった。 そしてその日の晩、久しぶりに幸を抱こうと部屋へ呼び付けた。そこでも矢張り幸は昼間のままで、寝間着の上にきっちりと夜着まで着込み、やはり丁寧に礼をしてから布団へ正座する。 「その夜着を脱げ」 「はい、旦那様」 綿のたっぷり入った夜着を脱ぐと、静かに畳み布団の隣へ置く。どうにも調子を狂わされる元就は、幸を押し倒し乱暴に寝間着を剥ぐと豊かな乳房に吸い付いた。 「あっ」 しかしどうも面白くない。いつもなら幸の方からねだって来ると言うのに、これでは自分一人が盛っているようだ。形式ばった情事に、次第にイラつき始めた元就は、幸をそのままにして布団へ潜り込んでしまった。 「旦那様…?」 「もう寝る、そんなお前を娶ったつもりはない」 破天荒なところも含めて幸だったのだ。しかし、今の幸にはそんなところは欠片も見当たらない。元就はそれが気に食わなかった。こんな女なら幾らでもいる。世間からすれば「出来た妻」なのだろうが、元就の愛した幸はそんな女ではなかった。 「元就!」 がばっと幸が元就に覆い被さる。 「どうしてそんなに冷たくするのよ!アタシ御方様の言う通りにちゃんとしてるじゃない!」 「俺が好きなのは型外れなお前だ。良妻賢母を望んじゃいねぇ」 「だって御方様は…」 「お前は俺と御方とどっちを信じる!」 元就が布団と幸を払い除けて、上体を起こすと投げ出された幸を見下ろす 「勿論元就よ」 今にも泣き出しそうな幸が投げ出されたままの姿勢で即答する。それは元就が愛した幸だった。 「だからそれでイイんだよ、普段のお前でいいんだ」 「でも御方様が、これ以上破天荒な振る舞いをしたら太郎の世話は全部御方様がするって…」 元就が逞しい腕を伸ばし幸の髪を梳く。 「アタシそれだけは嫌なのよ、太郎はアタシが育てたいの」 耳を親指で擽ると、幸は小さく肩を竦めた。少しずつ幸の声が震える。 「今だってアタシが太郎を見てたって御方様が殆ど傍にいて、太郎も御方様にばっかり懐いて…」 そういう事か、と元就が唸る。前々からいつも出迎えの時は杉の方が太郎を抱いて出て来ていた。それは幸が望んでいた事ではなく、杉の方が太郎を、悪く言えば横取りしていたからなのだ。 「それに関しては明日俺から御方に言う。だからお前はお前が思うままに生きろ」 「元就…!」 幸が元就に抱き着き、思い切り口付けた。性急に舌を絡め合う。唾液がお互いの顎を伝い落ちるほどに激しい口付け。そのまま元就は左手で幸の身体を支え、右手で胸を揉む。指の股で乳首を挟みながら、柔らかく揉みしだくと幸がくぐもった嬌声を上げた。 幸も負けじと元就の股間に手を伸ばす。口付けで興奮したのか、そこは既に硬くなっており、今か今かと解放の時を待ち侘びていた。戦の時とは違う六尺褌を片手で器用にしゅるしゅると解くと、既に齢三十に届こうかと言う歳にも関わらず、元就の陰茎は臍に着かんばかりに勃ち上がり、その性欲の強さを誇示していた。 幸はいきり立つ陰茎を股に挟むと、身体を前後に動かし太腿で擦った。元就が快感に唸る。 「幸、横になれ」 幸が黙って横になると、元就は膣液で濡れた膣に人差し指と中指を窄めて入れ、膣壁を掻き回した。それと同時に股ぐらに顔を寄せると鼻先で濡れた陰毛を掻き分け、陰核を強く吸う。 「あ!あ、あンっ!元、就ぃ!」 陰核を吸いながら舌でその先端を舐める。柔らかな舌に包まれ、幸の身体は快感に震えた。節くれた指と対照的な舌。二つの刺激に幸はあられもなく声を上げた。 元就も夢中になって幸へ愛撫する。 「も、元就…っ、アタシも…」 気心の知れた二人はそれだけで何をしたかったのかを察し、一旦指を抜くと幸の頭を跨いだ。元就は幸の膣口に舌を伸ばし、幸は元就の陰茎を頬張る。お互い一心不乱に性器を舐めると、どちらからともなく顔を上げ、元の体勢に戻り口付ける。幸からは先走りの苦い味が、元就からは膣液の酸っぱい味がして、その体液すらも混じらせ合った。 「元就…早く…」 「あぁ、俺も限界だ…」 幸を寝かせ、両膝の裏を抱え上げ腿に乗せると、陰茎を膣口に宛がいゆっくりと挿入する。指とは比べ物にならない圧迫感に、幸が背を丸めて元就に縋った。元就は幸の脇から頭の後ろへ手を入れ、優しく抱き込むと激しく腰を打ち付けた。 「あ、あぁ!あんっ」 快感を覚え、降りてきた子宮口を突き上げる。出産を経てもなお締まりの良い膣の感触に元就は目を細めた。幸も元就の肩に顔を埋め、強く吸い付く。ちくりと虫に刺されたような刺激で元就は鬱血痕を残された事を知る。二人は全身が性感帯になってしまったような感覚に襲われ、一月ぶりの情交に耽った。幸が元就の背筋をしなやかな指でなぞる。すると幸の中の陰茎がビクンと震え、幸は更なる快感の渦へと巻き込まれていった。 「幸…幸…っ!」 元就はより一層強く幸を抱き締めると、律動を早め、幸の胎内目掛けて熱い精液を放った。 「きゃあ!あ、あぁ!あ、あ、ん!」 それとほぼ同時に幸が悲鳴を上げる。膣がヒクヒクと痙攣し、元就の精液を求めた。まだ快感の余韻に腰を振り続けると、精液が幸の胎内へと導かれていき、絞り取られているような錯覚に陥る。陰茎が萎える直前に最奥を突いて、強く抱きあった。 「元就…御方様に…ホントに言ってくれるの?」 「あぁ、分かってる。恐らく御方もお前を思ってのことだろ。でもやり過ぎだ」 膣液で濡れた指を乱暴に拭き、幸の髪を梳く。そしてずるりと陰茎を引き抜き、幸の隣に横になると腕枕をしてやり、反対の手で頬に触れる。 「俺はありのままのお前を愛してるんだ」 熱い夜は更ける。 「幸殿の破天荒さをお許しになると?」 「あぁ」 太郎を幸に預け、杉の方と二人きりになった。そして、型通りのお嬢様になり下がった幸には何の愛情も感じない事も告げた。 「大殿。でしたらお二人の愛情もそれまでなのでは?」 「御方!」 大声で怒鳴り付けた元就の声は屋敷中に響き渡る勢いだった。隣の部屋でヒヤヒヤしていた幸は、突然の怒鳴り声に泣き出してしまった太郎を必死で宥め、泣き声が邪魔にならないようにと太郎を抱き上げ庭へ出て行った。 「御方にも言って良い事と悪い事がある、弁えよ」 「大殿…」 凛とした元就の態度に、これは譲るしかないと思ったのか、杉の方が静かに口を開いた。 「大殿、公の場でしたら済まない事はお忘れではございませんね?」 「それは当然幸も弁えている」 「わかりました」 杉の方が深く頷く。元就は胸を張ったままだ。恐らくは元就と幸が築き上げてきた絆は杉の方の知り及ぶところにはないのだろう。遠くに聞こえていた太郎の泣き声が笑い声に替わる。 「これ以上わたくしからの干渉は致しません。その代わり大殿がしっかりしていただかないと」 「案ずるな、御方」 言うと、太郎と幸を追って元就が部屋を出る。 「松寿丸様…ご立派になられたことで…」 杉の方は静かに一人涙した。 戻る |